2012年5月6日日曜日

HDDから愛をこめて3

紹介3作目。
恋愛もの(?)
私の書く女性は気が強い人が多いようです。
情熱的な女性は素敵だと思います。


----------------------------------------------------------------------
夢の続き

小さな映画館だった。
時間つぶしに入ったレイトショーは昔の映画のリバイバルで
僕はぼんやりと開演時間を待っていた。

外は雨。
季節外れの台風が直撃する夜に
こんな場所にいる人間は、よほどの物好きか、
暇人ぐらいのものだろう。
実際館内はがらがらで、座席の心配をせずにすむことが
妙に贅沢に思える。

ふと振り返ると
その最後列に彼女はいた。

僕が最初に入ったときは、
真ん中の席のカップルと、
前列の隅っこで眠りこけている老人と、
その二組だったはず。
いつのまに入ってきたのだろうか。

黒いワンピース。
ショートカットの黒い髪。
白い小さな顔を飾る、黒い大きな瞳が
何も移っていないスクリーンを見据えている。

この映画のヒロインに少し似ている。

そんなことを考えながら、僕はスクリーンに向いた。
開演のアナウンスがなり、会場が暗くなる。
外は嵐。
目を閉じて、その風景を想像する。
横殴りの雨も、吹き付ける風もけして僕には届かない。
スクリーンの中の、切ないドラマと同様で、
僕だけが現実から切り離されたように、
ぽっかりと浮かんでいる。

頼りない浮遊感は、強い引力に逆らえない。
スクリーンに繰り広げられる幻想に引き寄せられて
僕は短い夢を見た。

僕には恋人がいた。
美しく優しい恋人。
そして友人がいた。
正直で誠実な友人。
僕は二人が好きだった。

だから逃げた。

友人の彼女への想いを知ったとき、
僕は怖くなった。
彼女の気持ちを確かめることも、
友人の気持ちも考えることなく
僕は二人の前から姿を消した。
自分を被害者にして、
自分が傷つくことをおそれて。
幼稚で独りよがりな選択肢。

そして僕は、知ることになる。
友人のその後、恋人のその後を。
友人は一人、都会に出てもどらず
恋人は他の男と結ばれたこと。
二人の間におきたことを尋ねて、僕は旅に出る。

そこで僕の夢は突然に途切れた。

スクリーンがブラックアウトして、会場が非常照明に切り替わる。
アナウンスが、台風のための停電を知らせた。
カップルが文句をいいながら席を立つ。
現実に引き戻され、僕がどうしようと迷っていると、
前列の老人と目が会った。

話しかけてきたのは、彼の方からだった。

「一人かい?」
「ええ、まぁ」
僕は答える。
「珍しいな、こんな日に」
「お互い様だと思います」
僕の言葉に、老人はくつくつとのどの奥で笑った。
「違いない」
人懐こい笑顔だ。彼は僕を見上げて続けた。
「この映画を見たことがあるかい?」
「初めてです」
「そうか、そりゃいい」
くしゃくしゃと顔中をしわだらけにして笑う。
「俺はもう何度もみてるがまだ見たりない」
「お好きなんですか?」
僕は質問する。
「もうそういう話にはならんよ」
老人の答えに僕は言葉に詰まる。彼はかまわずに
話を続けた。
「映画はいい。映画には人生が詰まってる」
どこかで聞いたことを語り老人は息をついた。
ほんの少しの呼吸。だけど深い深いため息。
「だがな、映画のような人生なんて無い方がいい」
迷いのような時間をおいて、彼はぽつりとつぶやいた。


照明が元に戻りアナウンスが聞こえた。
電源が復旧したので、上映を再開するという。
振り向くと、開いた扉からカップルが戻ってくるのがわかった。
そして、彼女がそこにいることも。

彼女は白い手を組んで、細いあごを乗っけている。
まっすぐな瞳は、まだ暗いスクリーンを見つめている。
僕は席をたった。
会場を出るには彼女の横を通らなければならない。
僕はドアに向かい、彼女の前で足を止めた。
スクリーンを見据えたまま、彼女は口を開いた。
「この映画はじめてなのね」
僕は黙って頷いた。
彼女は席をたつ。
黒いワンピースからのぞく小さな足にサンダルを履いている。
細い踝に泥の後が見えた。
「雨宿りは映画館にかぎるわね」
僕の視線に気がついたのか彼女はつぶやいた。

彼女の目が僕を捕らえる。
「この映画、私は二回目。だから教えてあげるわ。
私ね、このヒロイン嫌いなの、それに主人公も好きじゃない」
白い腕が僕の腕に回る。
まっすぐな目はゆるがない。
「私はヒロインじゃない。
貴方は主人公じゃない。
おわかり?私の好きな人。」
彼女はゆっくりと言う。
「今、わかりました」
僕は正直に答える。
「よろしい」
彼女は満足そうに微笑む。
もう、映画のヒロインとは似ても似つかない。

「でようか」
僕は彼女を促す。
彼女の手を引きながら僕は考える。
話をしなくてはいけない。
彼女と。
そして彼と。

映画のような人生なんて、僕にはまだ早い。
----------------------------------------------------------------------


本当に台風の日に映画館の前を通り過ぎたときに
思いついたお話。
後で友達に舞台を当てられてびっくりした覚えがあります。

0 件のコメント:

コメントを投稿